タナカトモ作のLINEマンガ『君は綺麗なアヒルの子』(C)Tomo Tanaka/LINE Digital Frontier
昨今ではそこまでタブー視されなくなった「美容整形」。SNS等で自身の体験をオープンに発信する人も多い。LINEマンガで『君は綺麗なアヒルの子』が連載スタートしたのは2017年。作者のタナカトモさんは「美容整形が人目を忍ぶものからオープンなものになる過渡期だったと思います」と当時を振り返る。完結から何年も経った今、同作はまた注目を集めているという。美容整形がカジュアル化しつつある現在、読者が同作にハマる理由とは。作者インタビューから探る。
【漫画】“豚コマ”と呼ばれたずんぐり女子大生、強烈な全身整形で驚きの美女に変身
■「容姿さえよければすべてが好転」は危険な考え、期待が大きいと失望も大きい
――まず、美容整形や虐待、容姿いじりなどをテーマにマンガを描こうと思ったきっかけを教えてください。連載が始まった2017年と今では社会の意識に違いがあると思いますが。
【タナカトモ】確かに2017年当時は、美容整形が人目を忍ぶものからオープンなものになる過渡期だったと思います。動画で整形の実体験を語ったり、SNSで美容整形の情報をやり取りしたりする人たちが徐々に出てくるのをリアルタイムで見て、時代が変わりつつあるな、と感じていました。
――美容整形を扱うマンガが増えたり、「プチ整形」という言葉も出てきて、整形に対するハードルが徐々に下がっていった流れはありましたよね。
【タナカトモ】美容整形がメジャーになるにつれ、「皆が『美』を買うのが当たり前になり容姿が均一になったとしたら、ガワが良いことに意味があるのだろうか」と考えるようになりました。「美容整形」には体験者にとって果たしてどのくらい意味があるのだろうか。その疑問をフィクションで投げかけたいと考えたのが『アヒル』を描くきっかけです。
――作品を描くにあたり、美容整形を経験した人から取材など行なったのでしょうか?
【タナカトモ】取材を試みましたがセンシティブな内容ですので、直接体験者の声を集めるのは上手くできませんでした。なので、懇意にしている美容整形外科医や看護師の方に話を聞いたり、自分でヒアルロン酸やレーザーなどの簡単な施術を受けてみたり、ネットの声を漁ってみたり、という形で情報を集めました。
――そうなんですね。ご自身での体験や収集した情報から、先生がお感じになったこととは?
【タナカトモ】基本的にはより良くなろうというポジティブな発言が多かったですし、私もヒアルロン酸を打ち、ほうれい線が消えた時はとてもポジティブな気分になりました。ただ、ネット上には「容姿さえ良ければすべてが好転する」というように思いつめている人もいて、それは危険な考え方だと思いましたね。期待が大きいと、上手くいかなかった時の失望も大きくなりますので…。
■「理想の美」は結局手に入らない? “チート”に手を出すことの危うさ
マンガ『君は綺麗なアヒルの子』は、両親から虐待を受け、学生時代は容姿のことでいじめられる日々を送ってきた芹が主人公。大学へ入学した芹は、大学一の美女・誘花と仲良くなる。そんな時、芹の両親が火事で死亡、多額の保険金を手にするが、お金があってもこの容姿の限り人生は変わらないと嘆く芹に誘花は整形の提案をしてくる…。
――完結している作品ではありますが、最近になって読者が増えているということもTwitterでお話されていました。連載当時と現在で、読者の反応やコメント等で違いを感じられることはありますか?
【タナカトモ】はい、連載が終わった後もたくさんの方にお読みいただけているようです。本当に幸せな作品です。連載当時はキャラクターがこの先どうなるの?とハラハラしてくださっているコメントが多かったですね。リアルタイムで皆が今週の感想や考察を共有してくれていました。連載終了後は、まとめて読んでくださる方が増えたのか、読み切ってからの後味を語ってくれる方が増えました。
――整形前の芹の行動やセリフで心がけたことはありますか?
【タナカトモ】芹は自己肯定感が低い…高くなりようのない出自です。卑屈でコンプレックスの塊です。なので、話の都合で図々しい言動をとらないよう気をつけました。「話をこう進めたいけど、芹だと遠慮しちゃうだろうな…」と感じた時は話のほうをボツにすると決めていました。
――容姿コンプレックスについてはいかがですか?
【タナカトモ】なるべく多くの人が共感できるものにしたつもりです。「顔だけ変えてもずんぐりむっくりではサマにならない…。体にもブスってあるんだ」というシーンがあるのですが、対象を顔だけでなく体にも広げることで、より多くの方に芹の悩みを親身に捉えてもらえればな、と考えていました。
――ルッキズムが問題視される昨今でも、女性にとって「生まれ持った容姿」は永遠のテーマです。簡単に「理想の美」を手に入れられる「整形=チート」という風潮もあります。
【タナカトモ】チートの一種だとは思います。化粧やダイエットでは到達し得ない、ゲームで例えるとプログラムでは存在しない地点にまで行けますから。その上で、私は「本人が幸せならチートでもいいんじゃないかな」と思います。ただこの「本人が幸せなら」というのがとても難しいと思うんですよね…。
――というと?
【タナカトモ】「美」には絶対的な定義がなく、「理想の美」は手に入らないからです。「美」は主観であり、そうなると当然“ゆらぎ”が生じます。今日の自分の理想が明日は理想じゃなくなる、というのが人間です。その度にチートに手を出す、それでは顔の土台もお財布ももたないですよね。どこかの時点で満足して「本人が幸せ」状態に持っていけるならチートもアリ、でもあまりに整形を繰り返すと経済や精神、もしくは自分の顔が破綻する可能性もある、危なくないですか、というのが私の考えです。
■「整形をしたってすべて解決じゃない」“人の目”という新しいリスクが生まれる
――全身整形をして「美しさ」を手に入れ、自分の素性を偽り、新しい大学生活をスタートする芹。整形前とは違う人間関係に戸惑いながらも喜びを感じますが、ふとした時に整形をした自分と対峙し思い悩む姿も描かれていました。
【タナカトモ】「整形をしたってすべて解決じゃない」ということです。容姿のコンプレックスが解消した後には新しいリスクが生まれます。“人の目”です。広い世間の中には整形を良く思わない人もいます。そういう人に「整形で幸せになって何が悪いの」「整形だって努力のうち」「整形で前向きになれた」という意見を伝えても、相手は「へえ、整形って素晴らしいんだね」とはならないんですよね。
――価値観は人それぞれですもんね。
【タナカトモ】はい。その結果、大切な人と意見が平行線になり溝が生まれることもあり得ると思います。それらのリスクと容姿のコンプレックスを天秤にかけて、その上で本当に必要な整形だけをして幸せになろう、というメッセージを込めました。
――整形に嫌悪感を抱く人は一定数いつつも、SNSや動画を通じて整形する過程やしたことを発信する人が多く、以前より整形がカジュアルに感じられる風潮も…。
【タナカトモ】私は整形は「アリ」だと考えています。ただ、「整形のカジュアル化」は危ないと思います。整形には、気に入らなければ元に戻せるものと、不可逆なものがあるからです。人間ですから自分の選択を後悔する場合もありますよね。でも例えば、骨切りやイリザロフ(自分の骨を徐々に延長して変形や長さを調節する手術法)なんかは「元の形に戻してくれ」と言ってもできません。なので、やはりメスを入れる前にはしっかり情報を集め、安易な決断はしないほうが良いと思います。
――あらためて、本作を通して先生が伝えたかったこととは?
【タナカトモ】ネタバレになりますが、芹が最終回で到達した“顔”が私の伝えたいことです。整形賛成派の方には「ほどほどがいいんじゃない? 人の素晴らしさは容姿だけじゃないし」、整形反対派の方には「整形で救われる人はいる。ちょっと形が変わっても中身が良ければいいじゃん」というメッセージが伝わればいいなと思います。整形になじみがなくてもエンタテイメントとして楽しんでいただければ幸いです。
――現在連載中の『彼が遺した3つの嘘』(めちゃコミックオリジナル)もノンストップ・ラブミステリーとのことですね。どんな思いで描かれましたか?
【タナカトモ】こちらは「夫婦間の秘密」がテーマです。夫婦でも知らないことがある、しかもその秘密がとんでもないことで…、という内容です。どれだけ仲が良くても他人には見せない面がある、という普遍的なテーマだと思いますので、どなたでも楽しんでいただけると思います。
――今後描いてみたいテーマや挑戦してみたいジャンルは?
【タナカトモ】現在、「復讐」「契約結婚」「タイムリープ」「社内の犯罪隠ぺい」をテーマにしたマンガを連載させていただいています。なので、これ以外のテーマをやってみたいですね。具体的には「経済DVへの反抗」「地下アイドルもの」を準備しています。振り幅が大きいのですが、どれも共通して人の心の怖さ、意外性を扱ったものになると思います。もし気になるものがありましたら、覗いてみてください。