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中川翔子、20年前の自分に伝えたい「マジで生きてくれ」 苦難の果てに得た“最高の生きた証”

中川翔子 (C)ORICON NewS inc.の画像

中川翔子 (C)ORICON NewS inc.

 芸能生活20周年という節目に、10年ぶりとなる写真集『ミラクルミライ』(講談社)を発売した中川翔子(37)。自身のYouTubeチャンネルでの“100億年ぶりの水着”披露は再生数が1200万回を超え話題となった。これまでの20年には、くじけそうになったことも多々あるが、都度乗り越えてきた。「まだまだ謎のダンジョンのマップを埋めていってる感じ」と話すように、新しいことへのチャレンジを欠かさない。これまでの20年を振り返りつつ、“しょこたん”の現在地について聞いた。

【動画】しょこたん芸能生活20周年…20年前の自分が描いていたミライとのギャップは?

■“中川翔子20年の結晶”として生み出した写真集「振り返るとミラクルの連続だった」

――写真集は、10年ぶりですね。今回、写真集を出すことになったきっかけは?

【中川翔子】YouTubeで水着を着た動画がバズったことがきっかけです。でもその前に、YouTubeを始めた当初、動画に映る自分を見て、「にくまん人間!! あ、わたしだった」って思うことが増えて。それでダイエットをしようと思い、せっかく成功したんだから水着の動画を撮ろうってことになって…という流れがあります。

――ダイエットもかなり頑張ったと聞きました。

【中川翔子】増えているのは知っていたんですけど、そこまで気にしていなくて(笑)。でも今回8キロのダイエットに挑んで、デビュー当時の体重に戻したんです。写真集をみんなに見てもらいたいという想いと、携わってくれたスタッフさんたちにかっこ悪い姿を見せられないなという想いで、現場でも腹筋ローラーを使ったりして、直前まで気を抜かずに努力しました。

――10年ぶりに写真集を出した感想は?

【中川翔子】20周年の記念に最高の生きた証である写真集が出せるなんてまだ夢の中みたいな感じです。『ミラクルミライ』というタイトルをつけたんですけど、この20年を振り返ると、ミラクルの連続だったなと思います。その結晶が今回の写真集です。

――見どころは?

【中川翔子】水着はもちろん、ランジェリーとかドレスとか、たぶん10年前だったら着こなせなかったような大人の魅力が伝わるような作品になっています。

――ご自身でプロデュースした部分も?

【中川翔子】今回の写真集では衣装選びから参加させてもらって、リップは自分のコレクションを全部持ってきました! そしたらメイクさんが「これ全部使おう」って言ってくれて。実際の本に使われる紙の質感や、サイズ感なども選ばせていただきました。写真集なんだけど、フォトブックのような感覚で女性も楽しんでいただけると思います。

■努力によって高まった自己肯定感「自虐でなく“ありがとう”で返せるようになった」

――すごく“攻めている”写真集だそうですね。

【中川翔子】「もう〇歳だし」って諦めちゃうことってあると思うんですけど、そういう諦め方にモヤモヤすることがあったので、それをぶっ飛ばす写真集にしたいなと思って。同世代の女性にも「一緒にがんばろう!」っていうモチベーションになったらいいなと思い、それを目標にして作りました。だから、“ちっちゃいビキニ”に驚きながらも、全部受け入れて飛び込みました。

――YouTubeの動画では「恥ずかしい」とおっしゃっていましたが、今回はいかがでしたか?

【中川翔子】恥ずかしかったですけど、でも思い切ってやれました。私は自己肯定感が低くて「肩幅が広いし、脚短いし…」って言っていたんです。でも“言霊”って言葉もあるように、それって自分に呪いをかけているのと一緒なんじゃないかなって思うようになったんです。それで、「自虐を止めよう、自己肯定感を上げよう」切り替えることができました。

――やはり努力をしたことで変化したのでしょうか?

【中川翔子】大きいと思います。写真を撮りながら「いいね」って言われても「いやいやわたしなんて」って気持ちがあったんですけど、「こういうのってマジで無駄では?」と思うようになりました。“良い”って褒めてもらえていることを否定する必要ってないですよね。「ありがとうございます」って受け止めれば、ハッピーな方向で自分にかえってくると思うんです。

――今後もグラビアに挑戦したい思いはありますか?

【中川翔子】需要をいただけるのはうれしいです。デビュー当時は、20年後も水着姿になっているなんて想像をまったくしていなかったので。そのために、ダイエットしようとか、エステ行こうとか思えるのもうれしいことですね。いまは大人の女性でグラビアに挑戦している方もたくさんいらっしゃいますし、今だからこその“きらめき”もあると思っています。私の活動が誰かの笑顔や勇気につながるのであれば「なんでもやります!」って気持ちなんで、よろしくお願いいたします!

■後ろ向きだった過去の自分に伝えたいのは「マジで生きてくれ」という言葉

――20年間、芸能界の第一線でやっていくのは並大抵のことではないと思うのですが、くじけそうになったこともあったのでしょうか?

【中川翔子】山ほどありましたね。20年前って、オタクの市民権はまだなかったし、絵を描いているだけでキモいって言われちゃうし、プライベートを自由に喋れる場所もなかったし。そのほか、家族のことや仕事のこと、プライベートのことなどでたくさんたくさん悩みました。つらいことがあっても笑顔でいなきゃいけないのも心がズタズタになるんですよね。

――つらかった時期は、どうやって乗り越えたのでしょう。

【中川翔子】世界が広がった瞬間「がんばろう」って思えています。ブログを始めたことで学校では出会えないようないろんな人たちに出会えたり。コロナ禍でお仕事が激減したタイミングで始めたYouTubeもそうですね。なにげなく始めてはいるんですけど、つらいタイミングに道が拓けているというか、ギリギリのタイミングで奇跡が起きている気がします。

――運も味方してくれていますね。

【中川翔子】本当にそれはありますよね。印象に残っているのは、20年くらい前に「もう辞めよう」と清々しい気持ちになっていたときに、大好きな楳図かずお先生にお会いする機会があったんです。そのとき最後に「またね」って言われて。何気なくおっしゃったと思うんですけど、「お疲れさまでした」ではなく、「またね」と言われたことで、「ここで辞めなければ、生きていれば、また会えるのかも」と思って、前向きな気持になれたことがありましたね。

――20年前の自分に声をかけるとしたら?

【中川翔子】「今後とんでもない大変なこととか、試練とかピンチが山ほどあるけど、それ以上に夢が叶いまくるし、生きててよかったって思えるから、マジで生きてくれ」って言いたいです。20年前は、ほんとに“陰”って感じだったんです。暗闇の中で息をするのが精一杯で。黒歴史すぎるくらい(笑)。でも、「黒歴史も実は経験値だったんだ」って、しみじみ思うことが訪れたりするんですよね。

――グラビアやバラエティだけでなく、歌やアパレル、SNSなど、挑戦だけでなく長く続けていますよね。

【中川翔子】30代になるときに、芸能界で生き残るためには一本に絞った方が良いのかなとも考えたんです。でも、全部あったからこそ“しょこたん”だったし、続けてこれたんだなって思うんですよね。

――2年ほど前から続けているYouTubeも、本当にすごく楽しそうですよね。

【中川翔子】ブログを始めた頃のようなキラキラした気持ちなんです。ダイエットや水着へのチャレンジもそうなんですけど、車を買ったり、キャンプをしたり、プライベートで叶えられなかったことにチャレンジしながら青春を取り戻しているような(笑)。人生変わりましたね。陰キャなんですけど、陽キャになった気分で楽しんでいます!

――さまざまな夢を叶えている中川さん、今後まだチャレンジしたいことはあるのでしょうか?

【中川翔子】野望は山ほどあります! かっこいい熟女になって、シャンソンやアニメソングも歌いながら、油絵を描き、その作品が置いてある画廊でもあり、雀荘でもあり、純喫茶でもあり、ねこカフェでもあるお店を経営したいですね。わたしが作る気まぐれ激辛カレーが食べられます! あとは、いつか子どもを産みたいなとも思うし、子どもたちのために絵本を描いたりもしたい。言葉にしたほうが叶うような気がして言葉にしました。これからの人生も楽しみです!

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