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70歳・坂本龍一、自伝連載スタート「最後の瞬間まで音楽を作れたら」 初回テーマは「ガンと生きる」

坂本龍一が、文芸誌『新潮』で自伝連載「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」スタート(Photo by zakkubalan (C)2022 Kab Inc.)の画像

坂本龍一が、文芸誌『新潮』で自伝連載「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」スタート(Photo by zakkubalan (C)2022 Kab Inc.)

 昨年1月にがん再発を公表し、療養中の音楽家・坂本龍一(70)が、7日発売の文芸誌『新潮』7月号より、自伝連載「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」をスタート。連載第1回のタイトルは「ガンと生きる」で、初めて明かされる事実がつづられている。

【画像】坂本龍一が連載をスタートさせる文芸誌『新潮』

 坂本が、がんを公表したのは2021年1月のこと。直腸の原発巣と数カ所の転移巣を摘出する、20時間に及ぶ外科手術をはじめ、このわずか1年のうちに大小6つの手術を経験し、病気の治療につとめてきた。その間も音楽への情熱を失うことはなく、アーティスト・高谷史郎氏と共作したシアターピース『TIME』など、いくつもの作品を発表している。

 同誌では、2009年に刊行された自伝『音楽は自由にする』(新潮社)の続篇として、坂本自らが過去十余年の活動と人生を振り返るプロジェクトを開始。同世代で旧知の仲である編集者・鈴木正文氏が聞き手となる。

 「ガンと生きる」では、入院先でのパートナーや友人とのエピソードから、両親の訃報に接したときのこと、そして自身の死生観や創作観の変化についてまで、赤裸々に語られている。連載のスタートにあたって、坂本がコメントを寄せた。

■坂本龍一
夏目漱石が胃潰瘍で亡くなったのは、彼が49歳のときでした。それと比べたら、仮に最初にガンが見つかった2014年に62歳で死んでいたとしても、ぼくは十分に長生きしたことになる。新たなガンに罹患し、70歳を迎えた今、この先の人生であと何回、満月を見られるかわからないと思いながらも、せっかく生きながらえたのだから、敬愛するバッハやドビュッシーのように最後の瞬間まで音楽を作れたらと願っています。

そして、残された時間のなかで、『音楽は自由にする』の続きを書くように、自分の人生を改めて振り返っておこうという気持ちになりました。幸いぼくには、最高の聞き手である鈴木正文さんがいます。鈴木さんを相手に話をしていると楽しくて、病気のことなど忘れ、あっという間に時間が経ってしまう。皆さんにも、ぼくたちのささやかな対話に耳を傾けていただけたらうれしいです。

【坂本龍一(さかもと・りゅういち)】
1952年東京生まれ。3歳からピアノを、10歳から作曲を学ぶ。東京芸術大学大学院修士課程修了。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年、細野晴臣、高橋幸宏と「YMO」を結成、1983年に散開。出演し音楽を手がけた映画『戦場のメリークリスマス』(1983年)で英国アカデミー賞音楽賞を、『ラストエンペラー』(1987年)でアカデミー賞作曲賞、ゴールデングローブ賞最優秀作曲賞、グラミー賞映画・テレビ音楽賞を受賞。その他、受賞多数。1999年制作のオペラ『LIFE』以降、環境・平和活動に関わることも多く、論考集『非戦』の監修、森づくりを推進する「more trees」の設立など、活動は多岐にわたっている。2006年には、「音楽の共有地」創出を目指す新しい音楽レーベル「commmons」を立ち上げた。2009年、初の自伝『音楽は自由にする』を刊行。

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