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シソンヌ、まさかの“子孫案件”に驚き チョコプラは「チョコレート案件の仕事がぜんぜん来ない」

テレビ朝日『偉人の子孫を徹底リサーチ ハヤシソン』より (C)テレビ朝日の画像

テレビ朝日『偉人の子孫を徹底リサーチ ハヤシソン』より (C)テレビ朝日

 タレント・林修、お笑いコンビ・シソンヌが8日、午後9時55分から放送のテレビ朝日『偉人の子孫を徹底リサーチ ハヤシソン』に出演する。

【写真】紅一点としてトラウデン直美も出演

 教科書やドラマに登場する、日本人なら誰もが知る歴史の偉人たち。その偉人たちの子孫たちも実は波乱万丈な人生を歩んでいたことが判明。偉人たちの子孫に焦点を当てた特番となる。林修が所長となって「ハヤシソン探偵社」を結成し、シソン探偵であるシソンヌの2人に調査を指令。今回調べたのは、薩摩藩出身の武士で、明治維新で中心的働きをしたことで有名な西郷隆盛と、坂本龍馬の師匠で、江戸城無血開城を実現した勝海舟。それぞれの偉人の子孫を調べていくと、驚きの事実と、偉人と子孫の意外な共通点が明らかに。ゲストにトラウデン直美を迎え、一緒にひも解いていく。

 西郷隆盛の子孫を調査したのは、シソンヌ・長谷川忍。西郷は生涯3人の女性を妻にしたが、今回は2人の妻、イトと愛加那の間に生まれた子供たちに注目する。イトとの間に生まれた長男の寅太郎は、調査の結果、「ある食べ物」を日本に広めるきっかけを作ったことが明かされる。12歳で父・隆盛を失くし、20歳で明治天皇の命によりドイツに留学した寅太郎。その後、1915年の第一次世界大戦中、千葉にあった捕虜収容所の所長に就任する。そこで敵であるドイツ兵の捕虜に驚くほど自由な生活を許していた。そして、そのことが日本に「ある食べ物」を広めるきっかけにつながる。そんな寅太郎の姿は、父・隆盛に通じるものがあった。はたして、寅太郎が日本に広めた食べ物とは? そして、父との共通点とは?

 また、愛加那との間に生まれた菊次郎は、あることで海外で超有名になっていたことが判明。13歳でアメリカに留学、24歳で外務省に入省した菊次郎は、日清戦争終結後の1895年、台湾に赴任する。そこで、菊次郎はあるモノを作ったことで台湾で超有名に。その功績で、現在も台湾には記念碑が残されている。実は菊次郎のその行いにこそ西郷とのある共通点が。菊次郎が作ったモノとは、そして西郷との共通点とは? さらに、現在都内のIT企業に勤める39歳の西郷隆盛の玄孫にコンタクトを取ることにも成功。現在は仕事のかたわら、西郷のイベントに参加したり、講演会を行うなど、隆盛の精神を今に伝える活動を精力的に行っているが、かつては子孫であるゆえに複雑な思いを抱えていたそう。子孫としてのその葛藤とは。

 シソンヌ・じろうは勝海舟の子孫を徹底リサーチ。勝海舟は、妻のほかに5人のお妾さんがいて、その中の1人、糸さんとの間に生まれた子孫、逸さんを紹介。男爵家に嫁いだ逸は、おしとやかに暮らしていた、かと思いきや、とんでもない型破りな人物だった。逸は当時の女性では珍しい、○○登山をやってのけたり、○○登りの名人だったことも発覚。さらに、逸は7人の子宝に恵まれるが、その子育ても型破り。日々、子どもたちに言い聞かせていたことが紹介されると、トラウデンは、「今言われてもグッとくる言葉ですね」と感心。はたして、逸の驚きの子育てとは。

 また、勝の子孫で、逸の息子である目賀田綱美(つなよし)もスゴい人だったことが判明。綱美は、母譲りの活発な性格で、当時は珍しいハーレーを乗り回していたそう。そんな綱美は、父の仕事の付き添いで訪れたパリで、あるモノに出合い、一瞬で魅了され、そのままパリに残ることを決意。帰国後、日本に初めてそれを伝えた人物となった。その功績により、なんとアルゼンチンでは彼を讃える曲が作られたほど。一体何を日本に伝えたのか? さらに、勝の息子でアメリカ人女性と結婚した梅太郎も紹介。その出会いや梅太郎の素顔も紹介するほか、現在、アメリカに住む子孫とのコンタクトにも成功。アメリカに渡った勝の子孫の人生とは? ほかにも、ある子孫からは「勝は実は○○男子」だった事実が明かされる。その意外な素顔に林もトラウデンも驚き。

 シソン探偵に抜てきされたシソンヌの2人は「同期のチョコレートプラネットはチョコレート案件の仕事がぜんぜん来ないと言ってたんですけど、まさか僕らに子孫案件の仕事が先に来ることになるとは!」と喜びつつも戸惑っていた。

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