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永井佑一郎、芸歴8年目で月収“ほぼゼロ”→アクセルホッパーで“80万円” 当時の苦労を回顧

ABEMA『しくじり先生 俺みたいになるな!!』の模様の画像

ABEMA『しくじり先生 俺みたいになるな!!』の模様

 お笑い芸人の永井佑一郎が、12日に放送されたABEMA『しくじり先生 俺みたいになるな!!』に出演。半端な覚悟でリズムネタに手を出して地獄を味わった経験を教材に“自分を押し殺し身も心もズタボロにならないための授業”を行った。

【写真】オシャレ!まったく別の印象の永井佑一郎

 授業の冒頭、永井はネタ番組への出演をきっかけに人気芸人の仲間入りを果たすも、実はその陰で「パンパンスパパンで体がズタボロになりドクターストップ」「テレビ出演ほぼゼロ」と、しくじった事態に陥っていたことを告白。そうなってしまった理由は「なんでもいいからとにかく世に出たい」という安易な気持ちでリズムネタを始めたからだと語り「結果がほしくて、自分の心を殺して“アクセルホッパー”になった」と打ち明けた。

 そこで、今回の授業では、そんな先生の陽気なリズム芸の裏で一体何が起きていたのか、売れない若手時代から振り返り、“身も心もズタボロ”になるまでのしくじりを学ぶことに。“アクセルホッパー”として世に出たものの、元々は“オシャレなコント師”に憧れていたという永井は、2年先輩のお笑いコンビ・品川庄司がブレイクし、次に自分たちがブレイクすると思っていたものの、そんな時に「はねるのトびらの乱~売れる順番抜かし事件~」が起きたと説明した。

 1年後輩であるお笑いコンビ・インパルスやお笑いトリオ・ロバートにあっという間に抜かれてしまい「めちゃくちゃ恥ずかしかった」という永井は当時、月収“ほぼゼロ”の状態で芸歴8年目に突入し、とにかく世に出るために作ったネタが“パンパンスパパン”のネタだったと明かした。その後、ライブで“パンパンスパパン”を披露したところ、1ヶ月も経たずに大人気お笑い番組への出演が決定した。この出演を機に“アクセルホッパー”として世に出ることとなり「“永井佑一郎”として売れたかった」という本音と「とにかく売れたい」という思いとの葛藤の日々を赤裸々に語った。

 “アクセルホッパー”として売れっ子になった後は、永井のもとに営業の仕事が次々舞い込み、最高で1日30ステージをこなす“スケジュールパンパンスパパン”状態に。大ブレイク中の2006年から07年は「ほぼ休みゼロ」「札幌から沖縄を移動して営業」「最高月収80万円」と、ノリに乗っていた絶好調時代を振り返った。しかし、そんな絶好調時、永井佑は“パンパンスパパン”のネタをやり続けると、芸人仲間から「“アクセルホッパー”にだけはなりたくない」と思われているのではないかと悩み、SNSで「トークのできないキャラ芸人」と揶揄(やゆ)される、「つまんねえ」というメッセージが数千件届くと、当時の追い詰められた状況を振り返った。

 そんな状況に、永井は「“アクセルホッパー”としてこれ以上表舞台に出たくない」という思いが湧き上がってきたと激白。授業の終盤、永井は、自身のしくじりから見出したという、リズムネタ芸人が生き残るための“二刀流理論”を発表するが…永井本人がその“二刀流理論”を理解しておらず、生徒たちからツッコミが続出するという事態に。見かねた生徒たちによる解釈や補足説明にも見当違いな発言をくり返す永井に、お笑いコンビ・平成ノブシコブシの吉村崇は「お前だけだからな! わかってないの!」「世界で(永井以外)みんなわかってる」と痛烈なツッコミを入れ、教室は爆笑となった。

 番組の模様は、放送後7日間、無料で見逃し視聴が可能となっている。

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