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リル・バックから感謝のコメント到着「日本のカルチャーが大好き」

ドキュメンタリー映画『リル・バック ストリートから世界へ』(公開中)新着写真(一昨年東京にて撮影)(C)2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEYの画像

ドキュメンタリー映画『リル・バック ストリートから世界へ』(公開中)新着写真(一昨年東京にて撮影)(C)2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY

 世界的ダンサー・リル・バックの驚異的なダンスの秘密と彼が育った街メンフィスを描いたドキュメンタリー映画『リル・バック ストリートから世界へ』(公開中)より、リル・バックから日本の観客へ<感謝の動画>&インタビュー、一昨年東京に来た際に撮影した貴重な新着写真、映画の未公開ショットが到着した。

【動画】リル・バックから届いた感謝のコメント

 動画では、リル・バックが「ありがとうございます」と、日本語で感謝の気持ちを述べている。実は日本が大好きで何度も訪れているそう。だからこそ、ダンスフェスティバル、TV、CM、映画と多忙な中でも、ラスヴェガスの自宅でリモートインタビューに応じてくれた。映画の撮影秘話をはじめ、マイケル・ジャクソンに憧れていた話、トレードマークの“スニーカー”へのこだわり、さらに妻である日本人ダンサー・島津藍(Ai Shimatsu)さんへのリスペクトや日本との関わりも語っている。

■僕が経験してきたことを次の世代に伝えることは僕にとって大切

――あなたを映画にしたいという監督からのオファーを受けた理由は?

【リル・バック(以下、LB)】4~5年前、バンジャマン・ミルピエ(映画『ブラック・スワン』振付、元パリオペラ座芸術監督)から監督のルイ(・ウォレカン)を紹介されました。当時、僕はアートの世界で注●されるようになったところでしたが、多くの人の僕に対するイメージは「ヨーヨー・マと“瀕死の白鳥”をやったダンサー」。だから、僕のダンスの根幹にあるのは、実はメンフィスのストリートダンス、ジューキンだと知って欲しくて、映画を作るというアイデアはとてもいいと思ったんです。

――完成した映画を見た感想やお気に入りのシーンを教えてください。

【LB】正直いうと最初、僕が映画をやるのは早すぎるんじゃないかという気持ちがありました。みんなが映画を観たときにインスピレーションを与えられるほどに自分はまだビッグじゃないって。でも映画を観てちょっと安心しました。映画にはメンフィスのダンサーがたくさん出ていて、僕の話ばかりじゃなかったから。ジューキンと育ったメンフィスの人たちの話を、みんなに聞いてほしいですね。だからお気に入りの場面は他のダンサーのインタビューかな。もう一つは、子どもたちを教えている場面。僕が経験してきたことを次の世代に伝えることは僕にとって大切なんです。

――最初に憧れたダンサーは?

【LB】最初に憧れたのは、やっぱりマイケル・ジャクソン。まだシカゴにいた頃だけど、姉とマイケルの映像を見ては真似ようと一生懸命でした。マイケルのダンスはまるで神業。手が届かないものだと思ってました。ところがメンフィスへ引っ越したら、僕と同じ年頃の子が「マイケル以上かも!」と思うほどのテクニックで踊ってたんです。もう、びっくりです。「この重力に逆らっているようなダンスは何!?」って。それがメンフィスジューキンだったんです。

■日本人ダンサーの妻とはお互いに学び合う関係

――あなたのダンスのシグネチャーといえば、スニーカーのつま先立ちで踊る姿。スニーカーにどんなこだわりがありますか?

【LB】まずどんなサーフェス(表面)で踊るか。堅い木のフロアなのか、コンクリなのか、スタジオの床なのか。サーフェスによってシューズを選んでますね。僕はナイキを履いて踊ることが多いですが、踊りやすい靴底で、つま先で立って踊っていてもとても楽で、滑るようなムーヴがやりやすいんです。僕の場合、シューズの側面を下にしてスピンするので、そうなると裂けてしまったりして長持ちしないのが悩みかな。もちろん、誰も僕みたいにスニーカーでスピンしたりしないから気にしなくていいんですけど(笑)。

――奥様の島津藍さんも世界的に活躍するダンサーですが、お互いのどんなところをリスペクトしあっていますか?

【LB】自分たちにとって大切なこと、情熱を持てることに、自分を捧げられるところです。相手が何に情熱を持っているのか知っているし、お互いのことを愛しあっています。彼女は、僕がダンスや文化に対してやっている仕事や、ダンスに関するいろんな境界を壊していることをリスペクトしてくれていますし、僕は彼女を、力強いダンサーとして、そしてムーヴメントの中に自分の個性を見つけ出している人としてリスペクトしています。彼女から学ぶことは多いです。同時に彼女も僕から多くのことを学んでいる、そんな関係だと思います。

――以前、東京のストリートで踊っている動画をアップしていましたね。日本には何度もきているのですか?

【LB】妻に「私よりも日本に行っている」とからかわれるほどです(笑)。日本のカルチャーが大好きで、僕のムーブには日本のアニメやカルチャーから取り入れたものもあるんですよ。本当なら映画にあわせて今すぐにでも日本に行きたいくらい。一昨年、パンデミックになる前、日本で妻と一緒にダンスのワークショップをやったこともあるので、また日本に行けたら今度は子どもたちにダンスを教えてみたいですね。

――若い頃のあなたにとってダンスとはどんなものでしたか? そして今のあなたにとっては?

【LB】子どもの頃、僕の家庭はとても貧しくて、姉と一緒にダンスをすることだけが最高の時間の過ごし方だったんです。踊っている時だけが自由を感じられる時間。誰にも断罪されることなく、誰にも批判されることなく、本当に自分自身の喜びのためだけに踊って、本当に幸福になれる究極の自由だったんです。

 今の自分にとっては、ダンスは喜びだけでなく、ミッションがあると思っているんです。後に続くダンサーたちをインスパイアしていきたい。僕がやってきたことは夢物語ではなくて、実際にできるんだよと伝えたい。そしてダンスというアートフォームは、ほかの芸術と同様にファインアートになるもので、エンターテインメントとして消化するだけでなく、世界を変える立派なツールにもなるんだよ、というメッセージを広めていきたい。友人であるジョン・ブーズと始めた「MOVEMENT ART IS」(M.A.I.)の活動を通して、そうした自分たちのメッセージを広めてダンサーたちの背中をプッシュし続けられるようにしたいですね。

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