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音楽

個人クリエイターが活躍する時代の音楽スタジオの在り方

19年に50周年を迎えた老舗レコーディングスタジオ「ビクタースタジオ」外観の画像

19年に50周年を迎えた老舗レコーディングスタジオ「ビクタースタジオ」外観

 スタジオの広い空間、上質な響きは音楽の大切な要素であり、大規模スタジオ最大のアドバンテージである。しかしその一方で、個人で所有できる“宅録”機材の進化は目覚ましく、効率や経費の問題から利用の仕方も見直されるようになり、この十年ほどの間にいくつもの老舗の大型スタジオが閉鎖している。その状況はコロナでさらに促進され、制作スタイルだけでなく、生み出されるサウンドにもコロナの影響が及び始めている。そこで、長きに渡り時代の音を生み出し続けているビクタースタジオを訪ね、同スタジオ長・君塚範男氏とエンジニアグループ・ゼネラルマネージャー山田幹朗氏に、音楽スタジオから見た今のサウンドや、現在のアーティストの利用動向について話を聞いた。

サザンオールスターズの数々の名盤を生み出してきたビクタースタジオ「401st」

■新規顧客獲得の背景にコロナ禍での意識の変化

 ビクタースタジオは、1940年に築地にて設立され、1969年に神宮前に移転した。オーケストラの大編成録音にも対応する「301st」や、サザンオールスターズの数々の名盤を生み出してきた「401st」など、知る人ぞ知る名門スタジオだ。また、2000年代からはマスタリング事業も強化していった。

 昨年4月の緊急事態宣言時には休業を余儀なくされたが、宣言解除後の6月から徐々に再開。今では、スタジオ稼働もコロナ前の状況に戻りつつある。利用が比較的スムーズに戻ってきた理由の1つは、ソーシャルディスタンスが取りやすい大規模スタジオならではのスペースの広さ。これがプラスに働き、今までは主に中規模スタジオで制作を行ってきたアーティストにも利用される機会が増えたという。結果、最大の特色である優れた響きのアピールにもつながり、新規顧客の獲得に加えリピート率も上がっている。

 ただし“使われ方”には若干の変化があるようで、中堅クラスのアーティストがやや減少傾向であるのに対し、ゲーム音楽や劇伴音楽のレコーディング/マスタリングの機会が増えている。

 ゲーム音楽に関しては、“ステイホーム”の定着でゲーム自体の売れ行きが好調なことに加え、「音楽にこだわったゲームは、やはりよく売れている」(君塚氏)という背景もあるようだ。また劇伴音楽については、地上波放送以外の定額制動画配信サービスのオリジナルコンテンツの増加も大きな要因と考えられるが、山田氏によれば、「今までは(CD化しないことで)マスタリングの必要がなかった音源に関しても、完成した楽曲をさらにブラッシュアップさせる“最終的な音作り”目的のマスタリング需要が増えてきている」といった新しい傾向も生まれているという。

 そのマスタリング工程も、関係者がスタジオに集まる従来のスタイルから、アーティストがオンラインで仕上がりをチェックする「e-Mastering」への移行がコロナ禍で加速。オンラインでは、従来のやり方に比べてやり取りの工数が増えてしまうが、その分、作品の完成度を高められるといった副産物も生まれているという。

■今のシーンの主流はデジタライズされたクローズな音

 もう1つ注目したいのが、“一点豪華主義”という、コロナ禍がもたらした新たな利用のされ方である。つまり、中規模スタジオを3日間使うなら、同じ予算でビクタースタジオのような大規模スタジオを1日使おうというアーティストも増えているという。手軽なお店で3回外食するなら、少し奮発して豪華なレストランで1回食事をしようというのと同じ発想だ。

「個人の家で出来る作業が格段に増えた今は、そのテリトリーが中規模スタジオの領域まで入り込みつつあります。しかもコロナ禍ですから、自宅で作り込める作業は徹底的にパーソナルに行う。その分、自宅では録ることのできない音を大きなスタジオで録るという利用のされ方が、コロナ禍でより一気に進んだように思います」(山田氏)

 パーソナルな宅録環境を最大限に活用し、SNSや動画配信サービスでヒットを生み出しているのが、いわゆるネット発の個人クリエイターたちだ。彼らの多くは、自宅のパソコン内で音楽制作を完結させ、1曲単位で、YouTubeやSNSで楽曲を発表していく。そのため、スタジオで大がかりなレコーディングをする必要もなく、CDやレコードでのリリースには絶対に欠かせないマスタリングの工程すら必須ではなくなっている。

 一般的に、楽曲を動画サイトなどのネットで公開すると、音声は圧縮され、音質の善し悪しという意味では音のクオリティが落ちてしまう。それでも、メジャーレーベルのアーティストと並んで自身の作品を発表できるメリットは、個人クリエイターにとって非常に大きい。ただその結果、「どうせ音は悪くなるのだから」と、音質を気にしないタイプも増えつつあるようで、個人クリエイターも、音にこだわる派とこだわらない派の二極化が進んでいるようだ。

 確かに、パソコンで作った音楽がTikTokでバズり、それがきっかけで大ヒットした時に、「もっといい楽器で作りたい」「いつかは大きなスタジオでレコーディングしたい」という発想にはなりづらい。こうした現状は現場からはどのように見えているのか。この問いに対して山田氏は、楽器の進化と、今の時代の流行りの音という2つのポイントを挙げた。

「今の楽器は進化していて、安価でいい音が鳴らせるので、そもそも個人クリエイターが、そこまでいい楽器を渇望していないのでしょう。加えてもう1つ、今、流行っている音楽そのものが、あまり響きを感じない、(宅録が得意とする)クローズな音が多い。響きも、後からエフェクターで人工的に加えたものの方が、今どきの音楽にマッチするように思います。だからロックバンドも、生々しい音より、デジタライズされたサウンドが主流で、耳で聴いた時の印象として、ロックとポップスの垣根がなくなりつつあります。ただ、好まれる音の傾向は時代と共に繰り返すので、またいずれ広いスタジオで録った響きが求められる時代が来ると思っています」(山田氏)

■スタジオの最大のミッションは質の高い音楽ソースを追求し続けること

 かつてアマチュアミュージシャンは、メジャーデビューを目指し、大きなスタジオでレコーディングしたCDリリースすることが目標であり、夢でもあった。それが今は、誰でもパソコンで曲を作れ、SNSや動画サイトですぐに作品を発表できる。間違いなく便利な時代となった反面、その存在意義や、いい音への探求心、こだわりといった思考は、今後、どのようになっていくのだろうか。

「確かに今、世の中で起きていることは、音へのこだわりとは真逆のベクトルだと思います。例えば、テレビのリモート出演者の音声は、よく聴けばとても悪いですが、みんな慣れてしまいましたよね。ただ、『悪い音でもいい』のではなく、技術は間違いなく進歩していて、オンライン会議の音声もどんどん良くなっていますし、そもそも音質の善し悪しはプラットホームの問題なので、実のところ私はあまり気にしていません。いずれ5G(第5世代移動通信システム)が普及すれば、リモートの音声もYouTube動画の音も、CDクオリティが当たり前となり、高音質が普通のものとなるはず。ですから我々が考えるべきことは、スタジオで作る音のクオリティを上げていくことだけです」(山田氏)

 大きなスタジオでのレコーディングでは、自宅での1人で行う作業とは異なり、様々なことが試せることで、音作りの選択肢を広げていくことができる。また、プロダクションに関わる人が増えることで、複眼で制作に取り組め、作品の質を高めていけるという強みもある。つまり、スタジオでのレコーディングは、制作スタイルや空間の響きだけではなく、音そのものをパーソナルな宅録とは大きく変えていける可能性があるということだ。

「しかしながら、SNSからヒット曲が生まれることが増えた今、個人クリエイターが大きなスタジオの必要性を感じない、音質にもこだわらないという傾向は、間違いなくあります。それでも我々は、質の高い音楽ソースを追求し続けて、どうしたらスタジオの音をそのままみなさんにお届けできるかにグループを挙げて取り組んでいますし、ビクタースタジオとしても、新しい個人クリエイターたちと、どう組んでいけるのかはもっと考えていく必要があると思っています」(君塚氏)

 時代によって利用のされ方に変化はあっても、普遍的に“最良の音”を追い求めるという本質は変わらない。世の中の動向に左右されることなく、いかに変わらぬスタンスで音を探求し続けることができるか、それこそがスタジオが担う最大のミッションであり、存在意義であることが、コロナ禍でいっそう浮き彫りになったようである。

(文・布施雄一郎)

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