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「俺、これでいいのか?」カンニング竹山、巡ってきた“ご意見番”役に50歳の葛藤

Calmeraとコラボし「ヘイ・ユウ・ブルース~許せ、友よ~」を歌うカンニング竹山の画像

Calmeraとコラボし「ヘイ・ユウ・ブルース~許せ、友よ~」を歌うカンニング竹山

 近年はコメンテーターとしても活躍するカンニング竹山が、エンタメジャズバンド・Calmeraとスペシャルユニットを結成。左とん平の名曲を「ヘイ・ユウ・ブルース~許せ、友よ~」としてカバーした動画が話題を呼んでいる。サブタイトルから否応なく想起するのは、15年前に早逝した相方・中島忠幸さんのこと。かつてコンビ時代にもカバーした同曲を、今再び発信する理由とは。芸能界における自らの立ち位置への葛藤、自身への怒り、アジテーション、そして漫才師を“廃業”して以降のお笑い観も込められたかのような本作について語ってもらった。

【動画】カンニング竹山が亡き相方に向け熱唱、魂の叫びに「号泣した」「ただただかっこいい」

■「年をとっても言いたいことを言え」17年ぶりカバー曲に込めた想い

──この曲は2004年にも、お笑いコンビ・カンニングでカバーしていますよね。

【カンニング竹山】ようやくテレビに呼んでもらえるようになった頃でしたね。あのときは僕がアドリブでギャーギャーとキレて、中島が歌パートをやる構成だったんですけど、この年になってもう1回ちゃんとやるのもいいんじゃないかと。なおかつ、左とん平さんのこの曲には当時の一流のジャズマンたちが結集しているんですが、そのクオリティに近づくためにもCalmeraに演奏してもらいたいなと。2年くらい前かな、番組で話したことが実現した形です。

──「この年になって」の真意は?

【カンニング竹山】単純に、50のオッさんが真剣にシャウトしてる感じを面白がってほしいなと。基本的に自問自答してる歌詞だけど、特に後半は同世代に向けてるところもありますね。年を取ると酸いも甘いも知っちゃってモノ言うのも怖くなりがちだけど、「もっと言っちゃっていいんじゃねえか?」みたいなことをなんとなく受け取ってもらいたいし、ありきたりだけど「もうちょっと頑張ってみるか」と思ってもらえたらいいなと。まあ、若い子には響かないかもしれないですけどね(苦笑)。

──でも純粋に、昭和レアグルーヴ感がかっこいい曲ですよね。

【カンニング竹山】そうなんです。演奏は最高だし、音楽好きな子には引っかかるんじゃないかなと。あとは僕が若いときにジェームス・ブラウンの汗ドロのパフォーマンスを見て、「なんだ、このオヤジは!?」と度肝を抜かれたような感覚になってくれたらうれしいなと思うんですけどね。

■「本音を言えば“お笑い”だけしたい…」情報番組出演に自問自答も、年1の単独ライブが拠り所に

──近年はコメンテーターとしてもご活躍ですが、歌詞には「面白いと思われてここに立ってるんじゃないか?」「これが今の俺の仕事だ」といった葛藤も散見されます。

【カンニング竹山】本音では、バラエティ番組が好きなんですよ。ただ世代交代というものはあって当然で。それでもテレビが好きだし、ここで食っていきたいから、呼ばれた番組では全力でやるわけです。ただ「俺、これでいいのか?」っていう自問自答もずっとあるんですよ。お笑いをやりたくてこの世界に入ったのに、情報番組で偉そうに政治だの時事だのについてしゃべって、そうこうするうちにからかい半分でご意見番とか呼ばれるようになって、ときには炎上もするしね。

──“本業”の芸人ではなく、コメンテーターとして重用されるのは不本意ですか?

【カンニング竹山】いや、そもそも嫌いじゃないんですよ。世の中で起こってることにあれこれ考えを巡らせるのは。それと、年齢によって求められることは変わってきますよね。可愛がってくれてた先輩が引退していく一方で、若い子たちが新しい価値観を持って入ってきて、そこはもちろん受け入れなきゃいけない。そうは言っても、なんだかんだで自分もまだ現役ですし、葛藤はありますよ。というのが40~50代なんじゃないですかね、どんな仕事でも。

──「自分は現役の芸人である」という自負はやはり揺るぎないのでしょうか。

【カンニング竹山】(相方の)中島が亡くなった時点で漫才師は“廃業”したんです。ただ、(08年から)年1回続けてきてる『放送禁止』という単独ライブがある。約2時間、一度も舞台袖にハケることなく自分が考えてきたこと、体験したことを笑いを交えて1人でしゃべり倒す、このストロングスタイルの舞台があることによって、僕は何も怖くなくなったんです。ネットとかで言う人はいますよ。「面白いことやってないくせに」とかね。でも、もし僕が芸人を名乗ってることを疑問に思うなら、チケット取って見に来てよ、申し訳ないけどさ、ってことですね。

■理想のお笑いじゃなかったキレ芸、突き詰め個性に「これしか俺にはない」

──「天国で見ている友よ」といった歌詞からは、やはり相方の中島忠幸さんが想起されます。

【カンニング竹山】ちょっと前までは表に出すのに抵抗みたいなのもあったんですけど、年を取ってきたら関係なくなりましたよね。あいつのことを忘れることはないけど、考えてもしょうがないというか、もうそんな時期も過ぎたというか。今も残念な思いはありますけど、感謝のほうが大きいかな。あいつとコンビを組んだからこそ、今のカンニング竹山があるわけですから。

──あれから今年で15年経ちますが、どんなときに中島さんのことを思い出しますか?

【カンニング竹山】若手が出てる番組を観てると、懐かしいですよね。ネタ番組をはしごしてた頃は大変だったなとか、やっぱりM-1の決勝戦行ってみたかったよなとか。まあ、遅い青春でした。2人で喧嘩しながらも必死にやってましたから。だから30過ぎにようやくテレビに呼んでもらえるようになったときは、2人ですげえ喜んだんですよね。現場では「誰が売れてやるか!」とかキレて見せてましたけど。

──コンビ時代とはアプローチは違いますが、『ヘイ・ユウ・ブルース』でも存分にキレ芸を発揮されていますね。

【カンニング竹山】これしか得意技がないですからね。正直、理想とする笑いではなかったですよ。それこそビートたけしさん、とんねるずさんに憧れて、近い世代だとさまぁ~ず、バナナマン、おぎやはぎ、バカリズムとか、あんな芸人になりたかったですから。でも結局、ブレイクしたのはキレ芸だった。それはそれで諦めもつきましたよ。俺にできるのはコレなんだから、コレを突き詰めればいいんじゃないかって。さすがに若手の頃みたいに徹頭徹尾キレ続けたら邪魔でしょうがないでしょうけど、本気でキレてるオジさんって見方によっちゃ笑えるじゃないですか。『朝まで生テレビ』とかね。だから今後も折を見ながら、キレていきたいですね。

(取材・文/児玉澄子)

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