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小出恵介、役者として生きていく覚悟「70歳を過ぎてもやりたい」 “直談判”で映画復帰

映画『女たち』で日本映画への復帰を果たす小出恵介【撮影/上野留加】 (C)ORICON NewS inc.の画像

映画『女たち』で日本映画への復帰を果たす小出恵介【撮影/上野留加】 (C)ORICON NewS inc.

 昨年8月に国内での活動再開を発表した小出恵介(37)。日本映画復帰作となる『女たち』が5月21日に公開を迎えるが、本作の奥山和由プロデューサーに“直談判”して出演が決まった経緯、2018年から過ごしていたニューヨークでの暮らし、そして今後の目標を語ってくれた。

【別カット】カメラに向けてクールな表情を見せる小出恵介

 映画は、とある山あいの小さな町を舞台に「壊れゆく女たち」の姿を描いた作品。主人公の美咲(篠原ゆき子)は40歳を目の前にした独身女性で、夫の自死を受け入れられない母・美津子(高畑淳子)と暮らしていた。そして、倉科カナが、美咲が唯一心のよりどころとしている親友・香織を演じるが、彼女もまた人知れず心に深い闇を抱え、精神を患っているという役どころ。

 昨夏、日本に一時帰国した小出は「奥山さんにごあいさつに行ったときに映画を撮影していると聞きまして『どんな形でもいいので、通行人でもいいから現場の見学をさせていただけないでしょうか?』とお願いしました。それで、役があったら探していただけるとなり、出演が決まりました」と振り返る。

 約3年ぶりの日本での映画撮影は「急きょ出させていただくことが決まり、緊張しました。台本もいただいていなかったんですが、直前に一節のせりふをいただき、現場に臨みました。今までとは違った入り方でしたね」と話が進んでいった。

 出演が決定したときは「うれしかったです。3年経っていたので、役者である感覚が抜けている部分があり、映画に出るのが非現実的な感じがしました。今までどうやって準備をしていたか、ソワソワしましたし、『せりふは入っているかな?』と不安も大きかったです」と緊張の連続ながらも無事に撮影をこなした。

■渡米経て感じた日本の良さ「もっともっと伝えていきたい」

 18年6月に前事務所との契約が終了し、その後ニューヨークで生活する道を選択した小出。「昔からアメリカのエンターテイメントへの憧れがあり、留学ということも含めて生活してみたいとずっと思っていました。自分を見つめ直す時間ができて、この機会しかないと思って決意しました」と移住した理由を話す。

 現地での生活はまさに“学生”で「英語の勉強から始めました。週5日、朝9時に学校に行って、スーパーに行って帰ってきて、ご飯を作って…。留学生のような暮らしを半年くらいして、演技の学校に移りました。これは学校を2校かけもちしました(笑)。高校受験のときも勉強しましたが、それ以来の勉強でしたね」とひたむきに学びの時間を作っていった。

 ニューヨークでの暮らしは、なじむまで1年ほどかかったといい「人が多くてスピードが速い。街にいるだけで、目が回る感覚があり大変でした」とするも、徐々に考え方に変化も生まれていった。「20歳になる前から芸能界で活動させていただき、それ以外の世界を知りませんでした。海外に行ったことで、自分が日本人で、どういう特色があり、どう思われているか知ることができたのは大きな発見でした」と日本という国や日本人という人種について深く考える機会になったという。

 「日本人で良かったというのはすごく感じます。細やかであるとか、一つひとつに丁寧。こういうことができるのは日本人だけと感じる機会がたくさんありましたし、この良さをもっともっと伝えていきたい」と情報発信にも意欲を見せる。そして、日本人の良さは“演技”にも通用するといい「アメリカは、ダイナミックさや感覚的な良さがありますが、緻密さであったり整然としている良さ。それは日本人は的確にできる」と演技の世界で勝負できる部分も感じ取っている。

 ただ、当初は「オーディションもガチガチでした(笑)。せりふもボロボロでした」とアメリカで挑戦する難しさもあったという。それでも「おこがましいかもしれませんが、こういう機会が得られた以上は、向こうで挑戦を続けていきたいと思っています。『アメリカから帰ってきました!』という感覚ではなく。オーディションを受けて、引き続きトライしていきたいですし、日本の俳優をアピールしたいですね」。

■「70歳を過ぎてもやりたい」 役者として生きていく覚悟

 学校での演技の学びが続く中、昨夏、日本での活動再開を発表した小出。この決断に至ったのは、自身が出演し、昨年4月から5月にかけて再編集版で放送されたTBS系ドラマ『JIN-仁-』の存在が大きいという。

 「再放送のご報告を受けて、アメリカで見ました。久しぶりに見たので、色々なことを思い出しました」とし「あらためて日本の作品に出たいと強く思いました。当時の楽しかったこと、良い意味で苦しかったことを思い出して『ああ、絶対そこにまた出たい』と強く思いました」と話す。

 「僕も30代後半になり、長い休みの期間があり、これからが本番だと思っています。元気であれば70歳を過ぎてもやれますし、長くやりたいという思いもあります」と息の長い俳優を目指す。長い充電期間の中で、俳優以外の職業を考えたこともあったというが「これまですべての時間を演技に費やしてきたこともあり、ほかのことはどうしてもリアリティが浮かびませんでした。ふとしたときに俳優の立場から物ごとを考えていたので、ここから離れるのは難しいんだなと思いましたね」と役者として今後も生きることを決意。

 一方で、映像世界での演技だけに身を置くのではなく「表現全般で挑戦したいと思うようになっています。SNSやYouTube、そういう流行には乗っていきたいです。例えば、アメリカの俳優さんは知事選に出たり、地球環境を訴える人もいる。政治的発言をしたいというわけではなく、思ったことを前に出して、頭を柔らかくして表現していきたいです」とより物ごとを柔軟に捉えるようになった。

■目標は口にする「レッドカーペットを歩きたい」

 今後の国内、国外での目標を聞くと「日本でいうと、まずはゼロからやらせていただく気持ちで作品に臨んでいきたいです。4年の月日が流れましたので、真摯(しんし)な気持ちで表現に向き合いたいですし、心の変化を演技に出していきたいです」と内面の変化を見てもらいたいという。

 海外では「レッドカーペットを歩きたいです」と宣言。「ワールドプレミアでレッドカーペットを歩く。これは具体的な目標として目指したいです。これだけは具体的に言葉にするべきだと思いました。これまでの道のり、日本での活動も含めて一歩一歩頑張りたいです」と目標は高い。

 この高い目標も、海外に出たからこそ抱けるようになった夢だともいい「日本の俳優も海外で通用すると思います。本格的に海外進出する俳優はこれまで少なかったように思いますが、ほかのアジアの国はどんどん挑戦していますし人数も多い。(日本で)影響力を持った方が行くということが大事だと思っているし、存在感も示せるはず。僕も、その一端が担えたら(笑)」と世界を目指す俳優人口が増えることを願う。

 日本を一度離れたことは、小出のこれからの人生にはプラスに働いたと自身も考えており「なによりも自分のことを冷静に見ることができました。行き過ぎていたこと、社会性含めて足りなかったことを学び、感じる時間になりました」と貴重な時間になった。

 そして、何よりも応援してくれているファンの存在を忘れない。「僕のファンの方々には温かい言葉をかけていただいています。『待っている』という言葉もいただきました。今後は、直接お目にかかれる機会も出てくるので、自分の姿をまた見ていただき、感謝の気持ちをお返ししていきたいです」。

 自分自身の心と向き合い、表現者として日本、そしてアメリカで挑戦する決意を語った小出。今回の復帰作が、今後70歳を過ぎても役者として活躍する第1歩になることを切に願う。

◆小出恵介(こいで・けいすけ) 1984年2月20日生まれ 東京都出身
2005年、日本テレビ系ドラマ『ごくせん』でデビュー。同年、映画『パッチギ!』に出演し注目を集める。以降、TBS系ドラマ『ROOKIES』、フジテレビ系ドラマ『のだめカンタービレ』、NHK連続テレビ小説『梅ちゃん先生』、映画『僕の彼女はサイボーグ』、映画『風が強く吹いている』などさまざまな作品に出演。

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