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泉ピン子、橋田壽賀子さん追悼「今の私があるのは橋田先生のおかげ」 “最後の別れ”明かす

橋田壽賀子さんを追悼した泉ピン子 (C)ORICON NewS inc.の画像

橋田壽賀子さんを追悼した泉ピン子 (C)ORICON NewS inc.

 脚本家の橋田壽賀子(本名:岩崎壽賀子)さんが、急性リンパ腫のため4日午前9時13分、95歳で死去した。橋田さんの代表作であるドラマ『渡る世間は鬼ばかり』『おしん』に出演した女優・泉ピン子(73)が5日、追悼コメントを寄せた。

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 泉のコメントは以下の通り

昨日意識がなくなったとき、「ママ」って呼ぶ私の声が聞こえたのか、最後に目を見開いたんです。それが最後でした。クルーズ旅行に行くとき、お正月に着ていたお気に入りのドレスと、橋田文化財団を設立したときに作った松竹梅の思い出のドレスを着せて、私がお化粧をしてあげて、旅立ちました。

橋田さんは「悲しまなくていい。千の風になっているんだから。あなたの周りにいるから」といつも言っていました。「でも、私が先に逝くとは限らないけど」と茶目っ気たっぷりで付け加えたりして。ですから最後は「千の風になって」をかけて送りました。

今の私があるのは橋田先生のおかげです。舞台もドラマもやらせてもらいました。ずいぶん喧嘩もしたし、泣いたこともあったけれど、橋田さんとご主人には本当の娘のようにかわいがっていただきました。私も熱海で暮らすようになって、最後はずっとそばにいられたから熱海に越してきた意味があったと思います。 

 橋田さんは、京城出身。松竹に入社。1959年よりフリーの脚本家になる。『おしん』、『渡る世間は鬼ばかり』、『春日局』、『おんな太閤記』など、数々の国民的テレビドラマを生み出し、大ヒットとなる。66年、TBSプロデューサーの岩崎嘉一と結婚した。92年、橋田文化財団設立し、理事長に就任。

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