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大滝詠一『A LONG VACATION』が40年経っても瑞々しい訳

大滝詠一『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』ジャケットの画像

大滝詠一『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』ジャケット

 3月21日、大滝詠一氏が自身のレーベル“ナイアガラ”から発表した本人名義の全作品が各音楽ストリーミングサービスで全世界へ向けて一挙配信された。これにより、全177曲の“ナイアガラ・サウンド”が、これまで以上に日常の生活の中にマッチした形で楽しめるようになった。長年の大滝ファンはもちろんのこと、近年のシティポップ・ブームを経て70~80年代のジャパニーズポップスに興味をもった若い世代にとっても、待望のストリーミングサービス解禁と言えるだろう。

【写真】リリース日にはツイッター上で同時再生イベントを開催

■「君は天然色」のきらめきと音像の広がり

 この「3月21日」は、“ロンバケ”の愛称で親しまれる1981年のアルバム『A LONG VACATION』が発売された日にあたる。CD化第一号作品としても知られ(CD化は1982年)、これまでにも2001年の同日には20周年記念盤、11年には30周年記念盤がリリースされてきた。そして今年、最新のリマスタリングが施された40周年記念盤『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』がリリースされたわけだが、それに先立ち3月3日には、同アルバムのオープニングを飾る「君は天然色」のミュージックビデオ(MV)がソニー・ミュージックのYouTubeチャンネルで公開された。

 発表から40年を経て初めて制作されたMVは『ロンバケ』の世界観を強烈に印象付けた永井博氏のイラストで構成され、世界的アニメ映像ディレクターである依田伸隆氏が映像製作を担当している。これは言ってみれば、複数のクリエイターがタッグを組み、YouTube等で作品を発表する若い世代のアーティストに近いスタイルとも言え、それをトップ・プロが行っているという凄みも含めて、世代を超えて受け入れられやすい作品に仕上がっている。

 さらに「おっ!」と驚かされたのは、そのサウンドにあった。これまで何度も聴いてきた「君は天然色」だが、このMVを再生した瞬間、直感的に「音がいい!」と感じ、21年版「君は天然色」の圧倒的なキラキラとしたきらめきと音像の広がり感に魅了され、一気に『ロンバケ』の世界に引き込まれていった。こうした感想を、本作のリマスタリングを手がけたエンジニア・内藤哲也氏(ソニー・ミュージックスタジオ)に告げると、「そう感じていただけたら、狙い通りです」と笑みを浮かべた。

■『ロンバケ』40周年盤は20周年盤と30周年盤のいいとこ取り

 内藤氏は、大滝氏と共に20周年盤、30周年盤のリマスタリング作業を行ったエンジニアである。その彼が今回目指したのは、20周年盤と30周年盤、それぞれの良さを融合させたサウンドであったという。

「90年代後半から2000年代前半、世の中はラウドなサウンドが流行っていて、その時期にリマスタリングした20周年盤は、できるだけ音圧を上げようという形で作っていきました。その10年後、もっとナチュラルに、録音時の雰囲気が一番表現できるようにとリマスタリングしたのが30周年盤になります。今回、大滝さんが生前に望んでいらしたことを僕らなりに汲み取って、音像が前面にくる20周年盤の良さと、自然なニュアンスが感じられる30周年盤の良さを混ぜ合わせられないかというところから作り始めました」(内藤哲也氏/以下同)

 新機軸のナイアガラ・サウンドを生み出すためにデジタル変換デバイスにもこだわり、今まで使っていなかった新たな機材も導入。具体的には、まず現存するいくつかのアナログマスターテープのうち最も状態のいいものを選び、それをデンマークのNTPテクノロジー社DAD/AX32を経由させてPCMデジタル信号化してリマスタリングを行ったという。こうした技術的な探求によって、20周年盤の時には出せなかったシルキーな質感を実現した。

「実は現状、テレビCMなどで使われる「君は天然色」などの音源は、ほぼ20周年盤のものなんです。確かに30周年盤と比較すると、20周年盤は派手さがあるので、CMディレクターがこちらを選ぶ理由も分かります。ただ、若干ジャリジャリした部分もあって、今なら、もっときれいに音を伸ばせるんじゃないかと、新しいデジタル変換デバイスを探しました。30周年盤は極力薄化粧にしたので、今回はもう少しだけメイクアップして、今後はメディアでも40周年盤の音が選ばれるようにしたいという気持ちもありました」

 もちろん、テレビやネット環境向きにリマスタリングを行ったのではなく、あくまでも軸足は、大滝氏が一番大事にしていたというCDメディアでの音楽表現に置いたという。そのうえで、少しだけ現代のリスニング環境に寄れないかというアプローチだった。

■どの品番もコンスタントに売れ続ける『ロンバケ』の凄み

「大滝さんは、CD音質で聴いてもらった時の音色、表現にこだわっていました。そのうえで、音質のスペック面は度外視で、曲に対していい音であればよしという方でした。そもそもナイアガラ・レーベルでの曲作りが、詞先でも曲先でもなく、オケ先でしたから。まずイメージする音の世界観があって、メロディーも歌詞も後付け。そういう意味では、音から風景が見えないとダメでした。「君は天然色」なら、キラキラ感が出ているかどうか、そこがすごく重要でした」

 まさしく「君は天然色」MVで感じた“音のよさ”は、大滝氏が強くこだわっていたキラキラ感であり、大滝氏のDNAを受け継ぐエンジニアの探求心の賜物であったというわけだ。

 大滝氏は30周年盤の制作時に、「40周年盤を出す際は、その時点で流通している全音楽メディアでリリースする」と話していたという。そこで今回、40周年盤の完全生産限定盤VOXでは、CDに加えて、Blu-ray Disc(5.1chサラウンド・オーディオ)、ハイレゾリマスタリング音源、アナログレコード、カセットテープが用意されたうえに、ダウンロード、ストリーミングサービスも解禁し、さらに先日、SACD(Super Audio CD)でのリリースも発表となった。まさしく、現代の全記録媒体に対応した形態でのリリースとなったのだ。

 しかも40周年盤が発売されても、20周年盤や30周年盤、CD選書盤など、過去にリリースされた品番は廃盤にされることなく、今でも購入が可能。ここが、他アーティストのリイシュー盤や周年記念盤と大きく異なる点であり、そしてどの品番も、今なおコンスタントに売れ続けているという。

「全部音が違っていて、同じものは1枚もない。だから僕らとしては、どうぞ好きなものを好きな聴き方で楽しんでください、という気持ちなんです。今回のリマスタリングでも、今はイヤホンで聴く人が多いだとか、特定の視聴スタイルを意識することはありませんでした。強いて言うなら、『ロンバケ』に関しては、やはりCD。最初にCD化されたアルバムで、CDと共に40年歩んできた作品ですから、今も昔も音作りの軸足はCDにあります。ただ今回、新たな工夫をした結果として、YouTubeで公開したMVをはじめ、様々な媒体で聴いても“いい音だ”と感じてもらえるものになったのかもしれません」

■音楽の多様化でマスタリングのトレンドも語りづらい時代に

 一方で、音楽シーン全体の動向として、90年代後半にラウドなサウンドが巷に溢れたように、音楽の最終的な印象を左右するマスタリングにも、今の時代の新たなトレンドが生まれているのかを訊ねると、トレンドそのものが一概には言いづらい時代になったという答えが返ってきた。

「かつては歌謡曲、ロック、演歌など、ジャンルごとに、ある程度のマスタリングフォーマットがありました。でも今は音楽が多様化し、作品として世に出すハードルが下がった分、ジャンルのバラエティ具合は、増える一方だと思います。だから個々の曲に対してマスタリングするわけで、一概にトレンドが語りづらくなっています。ただ、一時期よりは音圧重視のトーンは下がっています。小さくても、リスナーがボリュームを上げてくれればいいわけで、「もっと大きな音量で聴きたい」とボリュームを上げてもらえるように仕上げるのがマスタリングの役割だと思うんです。『ロンバケ』なら、最初からコントラバスがよく聴こえるようにするのか、「おや?」と感じたリスナーがボリュームを上げて、“コントラバスがいるんだ”と発見してもらうようにするのか。後者の方が、音楽を聴く楽しみが多いように思っています」

 こうしたアプローチでリマスタリングを行った結果、『ロンバケ』が、ネットやストリーミングサービスでも新鮮な輝きをもって“2021年のナイアガラ・サウンド”として世に放たれたことは、非常に興味深い。

 サウンドの音色的要素に対して、CD音質やハイレゾ、あるいは圧縮音源といった品質的要素は、切っても切れない関係にある。特にコロナ禍において、可処分時間にストリーミングサービスを利用し、Bluetoothイヤホンで音楽を“ながら聴き”する人は世界的に急増しており、そうした動向に呼応するように、Spotifyは、CDクラスの音質をロスレス形式で配信する「Spotify HiFi」を、今年後半に一部地域でスタートすることを発表(詳細は近日発表予定)した。今後はストリーミングサービスも、「聴ければ満足」から、「よりよい音」が求められるようになることは間違いないだろう。しかし、単に品質面での「高音質」を謳うだけでは、もはやリスナーの関心を引くことは難しい時代であり、音楽を取り巻く環境は大きく変化しようとしている。

 そんな最中に、リリース当時の瑞々しさをもって届けられた『ロンバケ』40周年盤に触れ、「優れた楽曲」、「練り上げられた音色」、「息遣いが伝わる高品質」、この3つのバランスがいかに大事かということに改めて気付かされた。思えば『ロンバケ』は、音楽メディアがアナログからデジタルへと移行するターニングポイントで生み出された作品であり、今、その40周年盤が登場したことは、ある意味で必然とも言える、極めて象徴的な出来事だと感じずにはいられない。
(文・布施雄一郎)

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