
第27回東京国際映画祭レッドカーペット(左から3番目:東京・六本木ヒルズ)
絶望の先にも、再生の希望がある。人と人のつながりが老いを支える。
◆ON “母の老い カメラで追う”
文化庁映画賞優秀賞受賞作の「抱擁」は、心身を病んだ母・スチエ(85)が、故郷・種子島に帰り再生するまでのドキュメンタリーです。
2008年5月、「母ちゃんが1日に何度も救急車を呼ぶ」という父の電話で埼玉県の実家に駆け付けると、死を口走り精神安定剤が手放せない憔悴した母がいました。種子島から上京してずっと働いてきた強い母は、数年前に長女を失った絶望から心を病み薬に頼って混乱を来していましたが、私にはそれがなかなか受け入れられませんでした。
父が亡くなると母はますます混乱し、私は仕事もままならなくなり、追い詰められて行きました。そんなとき何気なく回したカメラに写った母の姿が小さく哀れで、胸を打たれると同時に、映像のプロとして母の姿を客観的に見ている自分に気付きました。カメラを回し続けることで母と一定の距離を保てたのです。
翌年、見かねた叔母・マリ子(79)に連れられて38年ぶりに種子島に帰った母は、叔母や周囲の人と交わることで徐々に回復していきました。故郷の人と風土が母を治癒してくれたのだと思います。老いを支えてくれるのは人とのつながりだと痛感しました。作品を通じて経験を共有し、社会化することで介護や老いを考えるヒントになればと思っています。
「抱擁」に続いて公開した「シロナガスクジラに捧げるバレエ」は、東日本大震災による津波で家族を失った幼い姉妹の7日間を描いた作品です。大事な家族を失くすという大きな試練と、そこから立ち上がる希望をもたらす人とのつながりは、「抱擁」にも通じるものがあります。
坂口 香津美(さかぐち・かつみ)さん
- 映画監督
1955年生まれ、南種子町出身。鹿児島玉龍高校卒業、早稲田大学中退。
家族や思春期の若者をテーマにしたテレビのドキュメンタリー番組約200本の企画演出を手掛け、1999年、映像制作会社スーパーサウルスを設立。
映画監督として6本の映画を撮り、初の長編映画「青の塔」でヒューストン映画祭シルバーアワード受賞。実母の老いを記録した「抱擁」が第27回東京国際映画祭正式招待、平成27年度文化庁映画賞優秀賞受賞。
◇OFF “故郷・種子島で生き直す”
帰島した当初は寝込んでいた母も次第に表情が和らぎ、会話に加わるようになっていきました。叔母が母にかけた「姉さん、安定剤なんか飲んでいる場合じゃないよ。ここでは食べて、人と交わって、笑って。そうすれば頭がすっきりするよ」という言葉は、生きていく上で大事なことを再認識させてくれるようで胸に響きました。島に帰ると胸が高鳴り、力が満ちてくる気がするのは、故郷の持つ力なのかもしれません。
種子島で暮らす母は体重が増え、薬の量も減って、叔母と弁当を持って海岸に行ったりデイサービスを利用したりして、豊かな時間を過ごしています。小さいながらも母が住む家を建て、8年前には想像もできなかった穏やかな日々を送っています。故郷で自分のルーツに触れて、生きる力を取り戻せたのでしょう。人はいくつになっても生き直せるのだと、母と叔母に教えられました。
10問10答
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Q大事にしているものは?
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A手帳、日記、アルバム
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Q愛読書は?
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A「百年の孤独」(ガルシア・マルケス著)
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Q最近気になったニュースは?
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A少年少女が加害者となった殺人事件
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Q挑戦してみたいことは?
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A美術、陶芸、農業
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Q座右の銘は?
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A森羅万象すべて師なり
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Q今、熱中していることは?
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A次回作「曙光」の制作準備
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Q鹿児島で好きな場所は?
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A桜島を望む錦江湾、種子島航路の発着する埠頭。母校の鹿児島玉龍高校から島津本宗家の菩提寺玉龍山福昌寺を望む景色
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Q尊敬する人物は?
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Aパブロ・ピカソ
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Qリフレッシュ方法は?
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A近隣の鎌倉、湘南、三浦半島などへの小旅行
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Q趣味は?
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A音楽鑑賞、家庭菜園、料理