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ラーメン店相談役/絶望から一転、チャレンジャーとして生涯現役

ラーメン店・相談役 西鈴子さん

ラーメン店・相談役 西鈴子さん

西 鈴子さん
(鹿児島ラーメンみよし家/霧島市)

国道10号沿いの「鹿児島ラーメンみよし家」牧之原店は、平日のランチタイムを過ぎても多くの客でにぎわっていた。ラーメンを食べ終えて早々と店を出るビジネスマンや、石焼ビビンバと定食を囲んで談笑する家族連れも。「食べたいものは人それぞれ。応えたくて」。柔らかな笑顔のあとに「私、チャレンジャーなのよ」と、いたずらっぽく笑った。

両親が作り上げた店、従業員とともに守る

1960年、父がラーメン店を始めた。郊外で広い駐車場がある店は当時はめずらしく、大隅半島と鹿児島市の往来に立ち寄る客で繁盛した。

教育熱心だった母の影響で栄養士を目指し進学。資格を取り「商売をするつもりはなかった」。卒業後は県畜産試験場の寮に栄養士として勤めたが、家業は1日に1,000杯ほどのラーメンが売れ、てんてこ舞い。職場の上司らに心配されて1年後に仕事を辞め、店を手伝うようになった。

「母がいなければ店は成り立たなかった」と断言するほど、客と従業員を大切にした母が病で亡くなったのは40歳のとき。心に大きな穴が空いた。創業時から働く従業員に支えられて5年が経った1993年。「平成5年8月豪雨」で店舗前の国道が数カ月間通行できなくなり、客足が止まる。このときの経営は今でも「どん底」の記録。その渦中に父が病で亡くなった。

「絶望を感じました。人生で一番つらかった時期」と涙目で振り返る。「店を守るのは自分しかいない。10歳の息子に泣き顔を見せられない」と、自らを奮い立たせて葬儀の翌日から店に立ち、2018年まで代表を務め上げた。

自分らしい店づくり、息子にバトンを渡す

父の代はラーメン4種類のみだったが、今はラーメンだけで14種類。つけ麺、ちゃんぽんもあり、麵以外のメニューも充実する。「おいしいと思うものに出合えるまで食べ歩きます。こだわりが強いんですよ」と、自分の店づくりにまい進した。

長男の洋平さん(37)が代表に就任したおととしからは相談役として店に立つ。洋平さんが思う店づくりに協力し、一緒に作り上げるつもりだ。「生涯現役。体が動かなくなるまで働くつもり」。今日もパワフルに駆け回る。

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西 鈴子さん
プロフィール

鹿児島市生まれ。国分高校を卒業後、西南女学院短期大学家政科で栄養士の資格を取る。県職員を1年務めた後、家業のラーメン店へ。1993年から2017年まで代表取締役、2018年から相談役。店舗は本店(霧島市福山)、牧之原店(霧島市国分)、空港バイパス店(霧島市隼人)、味噌三兄弟(霧島市隼人・アクロスプラザ隼人内)の4つがある。

今これに夢中です
「人に喜ばれること」

両親をがんで亡くしてからホスピスボランティアに携わるようになり、今は「鹿児島・生と死を考える会」の事務局をしています。最近は「子ども食堂」にも関わりたいと考え、人に喜ばれることを模索する毎日です。

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